ケアマネ

リストラされ介護職に転職!グループホームで働く私の想い

こんにちは。坂本(@aki63188568)です。

介護はきつい汚いなどと言われますが、それはどんな仕事も同じだと思います。

汚いという意味では、「意地汚い」とか「本当に汚い」や「人間的に汚い」「綺麗に見えるけど汚い」など色々な言われ方、言い方があるので、

仕事での「汚い」は本当に自分の尺度ですが、どこにでもあると私は考えます。

その話を前提に、介護への先入観を消して考えられたらどれだけ素晴らしい事なのだろう。

きれいごとや理想論と言われるかもしれませんが、ぶっちゃけ理想の1つでもないと、この特殊な人間味のあふれる介護の仕事は難しいところもあります。

では本題へ行きましょう。

絶望感からの脱出

平成21年秋、リーマンショックのあおりを直に受け、僕はリストラされ職を失いました。

リーマンショックが関わっての失職した日本人は、早期退職者も含め数万人といわれています。

あと私も含みますww

とにかく、怒ってばかりでも、らちがあかないので職探しの旅に。

まあ思うように見つからないので婚約者と別れ、僕はしぶしぶ実家に帰ることになりました。

収入が無ければ生活が出来ませんからね。

リーマンショックがよくわかる本

実家に帰ってきた僕に親父が言ったこと

実家に帰ってしばらくのんびり過ごしていると、親父が僕にこう言いました。

「職が見つからないなら介護やれ介護!」と、強めに言ってきたのを記憶しています。

なぜ僕が介護??全く意図が読めませんでした。

親父のススメもあり、当時流行っていた「ヘルパー2級」の資格を取りに福祉の学校へ行きました。

学費7万超え・・・でかい出費だなと思いながら・・・

あとで親父に聞いたら、これからは世の為、人の為に力を尽くせと言っていました。

まあ聞こえはいいけど押し付けじゃん?

ですがここは大人。黙って親父の指示に従いました。

親父にススメられて介護の世界に足を踏み入れる

途方に暮れていた

学校と言っても、つぶれたコンビニを改装したもの。

中は狭く当時は25人ほどの受講生がいましたが、ヘルパー2級が流行りだした時期だったため、受講生は多く長テーブルに3人で座り、かなりぎゅうぎゅうでした。

受講生と話しをしていく中で、僕と同じリーマンショックの境遇だった方が3人ほどいたのには驚きましたが、逆に安堵した自分もいました。

2ヶ月ほどの介護の一通りの講習が終わり、今度は介護の職探しなのですが、当時ヘルパー2級のカリキュラムに施設実習という項目があって、

その実習先でご縁があり、特に何もせずに履歴書を後日送って軽い雑談のような面接をして採用になりました。

そのご縁があった介護事業所こそがグループホームだったのです。

どのようなところなのかは後述します。

いあやぁ、僕の中でこんなにも職探しが楽だったのは初めてですし、この時始めて介護って本当に人手が足りないんだなぁと思うくらい需要がある職種だと実感しました。

因みにヘルパー2級を取得した年は平成21年12月でした。

グループホームに入職して思うこと(思ったこと)

入職当日、先輩方に挨拶したあと社長の、【介護とはなんぞや】という長い話を聞かされ現場に出てみると、

ホールでTVを観ているまだ70代の男性利用者さんが私に話しかけてくださいました。

「あんた新人かい?しっかりやれな!」と、しりを叩かれました。

僕が就職したのは、グループホームという介護保険上の地域密着型サービス事業所

グループホームって何?

日本語で言うと、認知症対応型共同生活介護・・なげーーよww

その名の通り、認知症と診断を受けた方や、普通に見えるけど極端な妄想をしたり徘徊したり、

脳梗塞などで体半分麻痺してしまい、対象者を自宅では見られないという家族の為にあるような施設。

というか事業所といったほうが正しいのか。

利用者さんは共同生活する

グループホームとは、利用者同士でごはんを作ったり、一緒に散歩したり、買い物したりして、

擬似家族を作るということが1つの目的でもあります。

でも果たして、家庭的とは良いことなのでしょうか??

もし仮に100%良いことなのであれば、全員自立または軽い要介護度が望ましいと持論を展開してみます。

僕が考えるに要介護申請をして何らかの介護度の数字が出た人がここにいます

【利用者】という形で

要介護とは

介護保険サービスを受けるためにその人の状態がどの程度のものなのかを判定して出た結果。

要支援1~2、要介護1~5があり、稀に非該当と出てしまう方もいます。

この利用者っていう考え方ってどうなんだろうって考えさせられる時期が長くありました

グループホームを利用しているのだから利用者なのかもしれませんが、家庭的を押し付けるあまりに、

利用者が不穏(落ち着かない状態)になったり、離設(施設から1人または複数人で出てしまう事故)したり、

帰宅願望(本当の自分の家、実家に帰りたいと思うこと)が出てきたりと、毎日課題が尽きませんでした

そもそも利用者さんが帰りたいと思ったり、施設を出たいと思うことを、

課題という言い回しをすることに対し、違和感と疑問を抱きながら仕事をしていました。

グループホームは家庭的という押し売り

押し付けられたら誰だって嫌だ!

事業所側が家庭的を本気で売り文句にするなら、とことん利用者のワガママや希望を聞いてあげようぜ!

それを実現させてあげられるために、もっと職員を増やそうぜ!と私は常に考えていました。

それが無理なのはわかっています。(不可能ではないけど)

事業者も僕と同じような考えでしたが、経営として考えるなら難しいと言っていました。

職員会議でも毎回のように、うざがれるくらい言っていたような記憶があります。

利用者さんを手厚くするのがいつも中途半端なんだよ!と。

今はだいぶ丸くなってますがw

私や私と同じ考えの介護職員は極力皆で散歩して表に出たり、車に乗ってドライブや近所の公園に行ってお茶したりと、希望やニーズに合ったことはしてきたつもりです。

他にも地域密着型を活かした夏祭りやクリスマス会、利用者のためのお誕生日会やお花見会など企画して行なって来ました。

楽しんでくれるならそれで良いと思えるように、考え方が変わってきたのです。

家庭的な雰囲気を作ってみんなで親子兄弟のように生活する。

職員はそのお手伝いをする。

それがグループホームなんだと思えるようになりました。

グループホームをまとめると

グループホームで6年勤めてわかったことは、事業所によりますが、

全てが中途半端だから職員が振り回されて、自然体で仕事が出来ないということ。

全てが中途半端ゆえに、家庭的という疑似的なものも全て中途半端という現実。

仕事が思うように出来ない中堅介護士は自分と合う施設を探して辞めていく。

まさにこの本と同じような事が起きます。

短いので是非読んでみてください。

社長や管理者は新しく入職した職員に、初日から介護とはこうだ!!と、根性論や精神論を言い社訓を押し付けてみたり、

他にも、うん蓄や能書きを言ってあきれられて辞めてしまう。

介護全般に言えますが、離職率と有効求人倍率は毎回トップクラスですよ介護って。

まあこんな感じで慣れましたけど。

まとめ

介護は起業するためにやっていた今は社畜ww

グループホームで働いてわかったことは、家庭的というものも雰囲気は作れるけど、結局は他人の集まりで家庭的の「的」が消えないんですよね。

自分の不満や欲求も達して結局は転職してしまいましたが、大きな介護施設に行っても介護事業所に行っても変わりません。

基本的な事は変わらず、自分で変えるか誰かが変えるかその場に流されるか。

このどれかです。

私の想いとは、介護やるなら全てを中途半端にしないで、とことんやりつくそうぜ。

その思いに尽きますね。

ABOUT ME
坂本。
SE(システムエンジニア)を経て、現在は施設でケアマネジャーをしています。自分ももう40才になって、給料から介護保険料を引かれる年齢になりました^^:ブログでは趣味の旅行とダイエット記事を中心に自分の身の回りの出来事や介護事情に精通した記事なんかも書いています。